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大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)769号 判決

控訴人 原告 外山茂

訴訟代理人 武藤達雄

被控訴人 被告 米谷一良

訴訟代理人 西田四郎

主文

一、原判決を左のとおり変更する。

二、被控訴人より控訴人に対する大阪地方裁判所昭和三五年(ワ)第四九二四号差押並取立命令債権請求事件判決に基づく強制執行は、大阪高等裁判所が昭和三八年一二月六日同裁判所同年(ウ)第九五二号事件についてなした大阪地方裁判所昭和二七年(ワ)第一二七一号不動産所有権確認等請求事件(原告被控訴人、被告庄田末吉)の仮執行宣言付判決の強制執行停止決定の効力消滅に至るまで、これを許さない。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、陳述したものとみなされた控訴状により、「原判決を取消す。被控訴人より控訴人に対する大阪地方裁判所昭和三五年(ワ)第四九二四号差押並取立命令債権請求事件判決に基づく強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示と同一(但し原判決三枚目表四行目「昭和三八年(ワ)第九五二号事件」とあるを「昭和三八年(ウ)第九五二号事件」と訂正し、同事実摘示終りから三行目「原告が」とあるを「被告が」と訂正する)であるからこれを引用する。

理由

控訴人主張の請求原因事実(原判決事実摘示(一)(二)記載事実)は当事者に争いがない。

そこで先ず本件請求異議の対象とする債務名義たる大阪地方裁判所昭和三五年(ワ)第四九二四号差押並取立命令債権請求事件判決(大阪高等裁判所昭和三八年(ネ)第一八号事件として控訴棄却により確定したもの、以下単に本件債務名義と略称する)について、その請求原因の構成、及びこれに対し、請求異議の原因となる事由を検討するに、前記争いなき事実に徴すれば、本件債務名義の請求原因は、(1) 訴外庄田末吉(債権者)より控訴人(債務者)に対する家賃金債権の存在、(2) 右訴外人(差押、取立債務者)より被控訴人(差押、取立債権者)への右(1) の債権の取立権の取得を二大要素とし、かつ(3) 右取立権取得の結果より当然に生ずる債権行使の許容を前提とするものと考えられるから、これに対する請求異議の事由としては、右(1) の債権の存在、(2) の取立権の存在の否定原因、及び(3) の取立債権の行使権能の阻止原因が挙げられなければならないことは、極めて見易いところである。

ところで右(2) の取立権の取得及びこれに伴う(3) の取立債権の行使の許容は、控訴人主張の別件(大阪地方裁判所昭和二七年(ワ)第一二七一号不動産所有権確認等請求事件、以下単に別件と略称する)の第一審判決の仮執行に因り獲得せられたものであること、及び右仮執行は本件債務名義成立の後である昭和三九年一月一〇日仮執行停止決定に基づく取立の一時的禁止命令により停止せられたことが、前記争いなき事実によつて明白であるから、右取立禁止命令は、その一時的停止である性質上、右(2) の取立権の取得を否定し、取得した取立権を喪失せしめる事由とはなし得ないことは勿論であるが、右(3) の取立債権の行使の許容を否定する事由としては肯定されねばならない。固より右取立禁止命令は訴外庄田と被控訴人との間に直接の拘束力を生じ、その他の一般第三者には直接拘束力を認め得ないけれども、右訴外庄田のために生じた拘束力は、右取立に伴う執行上の利害関係人として予期せられる第三債務者の如き者、即ち本件における控訴人の如き立場に在る者のためにも当然にその効果を及ぼすべきものであることは、その命令の性質上当然に予期せられるところである。そして右にいわゆる取立とは、強制的取立(執行)のみならず、任意的取立(任意的弁済受領や相殺など)をも含み、強制的取立についてはその前提となる給付判決の獲得をも含むことは明白であるから、かような取立権の一時的否認は、少なくとも一時的には給付判決の獲得をも阻止する事由に該当するものと考えねばならない。従つて、もし右の取立の一時的な禁止が、給付判決たる債務名義の成立後に生じたときは、右の取立禁止が、単に取立債権者に対する不作為命令に止まらず、取立権自体の一時的な停止(その時点で効力のない点では一時的喪失と同視し得るもの)という形成的効果を生ずるものである以上は、さきに生じた債務名義の成立原因は一時的にもせよ失われたこととなるのであつて、右債務名義の原因たる請求権は一時実現を延期せられたものとして、右取立禁止は請求異議の実体的原因として肯定せらるべきものと考える。これを要するにもし事前に生じていたとすれば、債務名義の成立を是認し得なかつた筈の事由が事後に生じたものであるから、その事由は請求異議の事由となさねばならない、というのである。

右事由を、債務名義自体の執行力排除事由として考えず、単に債務名義成立後、その執行の過程中における執行阻止事由就中、具体的取立のみを禁止する事由として考えることは、債務名義成立の前と後によつて、その取扱に甚だしい差異を是認することになつて理論上一貫を欠くものと言わねばならない。

しかも債務名義に対する請求異議事由中には、請求権の成立の否認のみならず、その行使の一時的延期の事由(例えば期限猶予の如き)も含まれるのであるから、別件の執行停止が一時的、暫定的の仮の処分であつても、そのことのために当然に請求異議事由たり得ないものではないものと解すべく、執行停止の解消による仮執行の実施又は本案判決の確定による本執行の実施は、終局的に妨げられるものではない。

被控訴人は、本件債務名義の執行力は、仮執行宣言付別件判決又はこれに基づく債権差押並取立命令により与えられた取立権に基因するものでなく、本件債務名義が給付判決たるが故に別個独立に与えられた効力であるから、差押債権の取立を禁止されてもその執行力に何等影響を及ぼさない旨主張するが、本件債務名義は、右取立権能の存在及びその行使の許容が債務名義成立の前提となつていること前示のとおりであるから、債務名義成立後右前提事実に変更(取立の一時禁止)が生じた以上、本件債務名義の執行力自体についても既述の如き影響を及ぼすものであり、この点についての被控訴人の右主張は採用し得ない。

そうすると、本件債務名義は請求に関する実体上の事由(差押債権取立禁止による取立権能の一時的喪失)に基づきその執行力が一時排除さるべきものであるから、差押債権取立禁止命令の基本たる別件第一審判決の仮執行停止決定(大阪高等裁判所が昭和三九年一二月六日になしたもの)の失効に至るまで、本件債務名義による執行の不許を宣言すべきである。ただ控訴人は、本件債務名義の執行力の全面的無条件の排除を求めているのであるが、前記のとおり本件債務名義の執行力は一時排除されるに過ぎないから、控訴人の本訴請求は前記の一時的排除の限度で認容さるべきであり、その余の請求は失当として棄却すべきである。

よつて控訴人の本訴請求を全部棄却した原判決を変更し、控訴人の本訴請求中前記の限度で一部認容しその余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 宮川種一郎 裁判官 奥村正策)

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